
自動車業界で部品・材料を供給していると、顧客から「IMDSを提出してください」と求められる場面が必ず訪れます。IMDS(International Material Data System)は、自動車に使われるすべての材料・含有化学物質を階層的に登録し、環境規制への適合をサプライチェーン全体で証明するための材料データベースです。
本記事では、IMDSの基本的な意味と成り立ちから、材料データの階層構造、データ提出の中核であるMDS(マテリアルデータシート)、判定基準となるGADSL、そして作成→送信→承認のフローまでを整理します。
さらに、自動車部品メーカーが避けて通れないIATF16949(8.4.2.2/8.6.5)との関係と顧客監査での確認ポイントを、QMS審査の実務者視点で解説します。「IMDSを提出して終わり」ではなく「監査で運用をどう問われるか」までカバーし、解説いたします。
IMDSとは?基本の意味と成り立ち
IMDSの定義と目的
IMDS(International Material Data System)は、自動車産業向けの含有化学物質情報の収集・管理システムです。自動車メーカー(OEM)を頂点とするサプライチェーンで、各部品・材料に含まれる化学物質を1g(またはそれ以上の精度)まで記録し、使用禁止物質や要申告物質を確実に把握することを目的としています。
入力されたデータは禁止物質リストと照合され、有害物質がどの部品のどこに含まれるかを追跡できます。これにより、OEMは規制対象物質を含む部品を特定し、排除できる仕組みになっています。
なぜIMDSが生まれたのか(ELV指令とVDA)
IMDSの背景には、EUのELV指令(End of Life Vehicles:使用済自動車指令、2000/53/EC)があります。使用済自動車のリサイクル促進と有害物質削減を達成するには、車両に何が含まれているかを把握する必要がありました。
そこで1990年代終盤、ドイツ自動車工業会(VDA)の主導で、アウディ・BMW・ダイムラー・フォード・オペル・ポルシェ・フォルクスワーゲン・ボルボの8社が共同開発したのがIMDSです。日本の自動車会社も2002年に参画し、現在は事実上の業界標準として機能しています。
利用は無料/英語入力が原則
IMDSはサプライチェーンに属する部品・材料メーカーへ無料で提供され、Webブラウザだけで利用できます。ただし入力はすべて英語が原則で、部品名称や部品番号は他言語を併記できても英語表記は必須です。部品番号・重量などは必須入力項目です。
IMDSの仕組み:材料データの階層構造
IMDSを理解する鍵は「階層構造」です。一台の自動車を、部品→材料→化学物質へと段階的に分解して登録します。
コンポーネントから化学物質までの5階層
| 階層 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| コンポーネント | 部品そのもの | ねじ、トランスミッション |
| サブコンポーネント | コンポーネントを構成する部品 | シリンダーブロック、ボルト |
| セミコンポーネント | 加工された中間物 | 管、板 |
| 材料 | 部品を構成する素材 | S45C(炭素鋼)、プラスチック |
| 化学物質 | 材料を構成する物質 | 鉄、炭素、FKM |
IMDSが最終的に管理する対象は、この最下層の化学物質です。「どの部品に・どの材料が・どんな化学物質を・どれだけ含むか」を積み上げていきます。
MDS(マテリアルデータシート)とは
サプライチェーン上では、下流メーカーが上流サプライヤーからMDS(Material Data Sheet)を提出してもらい、それを束ねて自社製品のMDSを作成し、さらに上位へ送信します。
材料のMDSは原則として材料メーカーが発行します。ただし、JIS・ISO・ASTMなどの規格で含有化学物質量が規定された金属材料などは、IMDSステアリングコミッティ(IMDS SC)が公開している材料データを使うルールです(独自作成は不可)。
BSL(基本物質リスト)から化学物質を選ぶ
化学物質はユーザーが自由に登録できず、IMDSに登録済みのBSL(Basic Substance List:基本物質リスト)から検索して選択します。約13,000種類の化学物質がCAS番号付きで登録されており、検索は化学記号ではなくCAS番号が最も確実です。
IMDSにあらかじめ登録された化学物質のマスターリストです。約13,000種類の物質がCAS番号付きで収録されています。IMDSで材料データを作成する際、ユーザーは化学物質を独自に登録できず、このBSLから検索・選択して入力します。検索は化学記号よりCAS番号が最も確実です。リストの維持管理と新規物質の追加審査は、専門のケミカルサービス企業が担っています。
GADSLとIMDSの関係
GADSLとは(禁止物質・要申告物質)
GADSL(Global Automotive Declarable Substance List:グローバル自動車申告物質リスト)は、GASG(Global Automotive Stakeholders Group)が世界の法規制を精査し、自動車に含まれる禁止物質・要申告物質をまとめたリストです。
かつてはOEM各社が独自の禁止物質リストを持っていましたが、それを統合したILRSを経て、2005年にGADSLへ置き換えられました。REACH規則などの法改正に応じて定期的に更新されます。IMDSに入力されたデータはこのGADSLと照合され、規制対象物質が検出される仕組みです。
機密扱い・ワイルドカードと10%ルール
材料メーカーが組成を公開したくない場合、均質材料あたり10重量%までは内容を隠すことが認められています。隠す方法は2つあり、ひとつは「機密扱い」(発行元が信頼したユーザーのみ閲覧可)、もうひとつは「ワイルドカード(ジョーカー)」("Miscellaneous"など9種類、中身が特定されない分類)です。
ただし、GADSL収載物質をワイルドカードで隠すことは禁止です。また、隠した物質のデータは少なくとも30年間の保管が義務づけられます。後から規制が追加された際に、実際の中身をすぐ追跡できるようにするためです。
IMDSのデータ提出フロー(作成→送信→承認)
IMDSは「送信して終わり」ではなく、受領側の承認(Accept)/拒否(Reject)までが一連のプロセスです。典型的な流れは次のとおりです。
- 調査依頼
—顧客(OEM・上位サプライヤー)が対象品番を連絡。 - 調査
—サプライヤーが購入部品・材料の含有物質をサプライチェーンを遡って調査(一般に数週間規模)。 - 入力・送信
—IMDS上で階層構造とMDSを作成し、送信先情報(顧客指定の部品名称・番号)を入力して送信。 - 承認/拒否
—受領側が内容を確認し、Accept(承認)またはReject(拒否)。不備があれば修正要求が返る。 - 再送信
—承認されるまで修正・再送を繰り返す。
IMDSは送信時にワイルドカード10%超過などの形式的ミスを自動検出しますが、すべてを機械チェックできるわけではありません。受領側が内容を確認・承認する必要があり、ここでリジェクトが発生します。リジェクトの典型は、GADSL物質の隠蔽、部品番号・名称の指定違反、IMDSレコメンデーション(IMDS SCが定める入力ルール)違反などです。
「規定づくりをどこから手を付ければよいか分からない」という段階でも、考え方とサンプルを参考に少しずつ整えられます。詳細は初回メール相談へ。
IMDSと他の含有化学物質情報の違い
IMDSとMSDS(SDS)の違い
混同されやすいのがMSDS(SDS)との違いです。
| IMDS | MSDS(SDS) | |
|---|---|---|
| 形態 | クラウド型Webシステム | 紙・PDFの書類 |
| 対象 | 成形品(Articles)+化学品 | 主に化学品(Chemicals) |
| 目的 | サプライチェーンの材料データ申告 | 化学品の安全な取扱い情報の伝達 |
| 起点 | OEMを頂点とした材料データ収集 | 化学品メーカー→ユーザー |
| 改変 | 送信・公開後は変更不可 | 改訂版を都度発行 |
SDSが「個々の化学品の安全情報」を伝えるのに対し、IMDSは「完成車を構成する全材料の含有化学物質」を体系的に積み上げます。SDSはIMDS登録の根拠資料になります。
IMDSとchemSHERPA・JAMAシートの違い
| IMDS | chemSHERPA | JAMAシート | |
|---|---|---|---|
| 主な用途 | 自動車業界の材料データ申告 | 製品含有化学物質の情報伝達(業界横断) | 日本の自動車業界での材料調査 |
| 範囲 | グローバル標準 | 日本発(経産省主導)/国内中心 | 日本国内のみ |
| データ改変 | 公開後は不可 | 可 | 受領者が書換え可能 |
chemSHERPAでもGADSLは管理対象物質の基準のひとつとして扱われます。新規に自動車業界へ参入し、これから報告を始める場合は、グローバル標準であるIMDSの利用が基本になります。
IATF16949とIMDSの関連性
IMDSは環境管理ツールであると同時に、IATF16949の法令・規制要求事項を満たす証拠としても機能します。審査で問われる接点は主に2つの条項です。
8.4.2.2法令・規制要求事項との関係
8.4.2.2(法令・規制要求事項)では、組織が受領国・出荷国・顧客が指定する仕向国の適用法令に外部提供製品を適合させ、その要求を供給者へ展開することが求められます。IMDSは、購入材料の含有化学物質を確認し、規制適合を供給者まで遡って担保する手段になります。
8.6.5法令・規制への適合性との関係
8.6.5(法令・規制への適合性)では、製品の出荷前に適用法令・規制への適合を実証することが求められます。IMDSデータとGADSL照合の結果は、出荷判定の段階で「規制対象物質を含んでいない」ことを示す客観的証拠として活用できます。
顧客固有要求(CSR)との連動
実務では顧客固有要求事項(CSR)と連動して管理されるのが一般的です。OEMごとにIMDS入力の固有ルール(部品名称・番号の指定、転送許可の設定、事前申告データの扱いなど)があり、これらを満たさないとリジェクトされます。顧客の入力ガイドを手順に取り込んでおくことが、手戻り防止と監査対応の両面で重要です。
顧客監査・内部監査でのIMDS確認ポイント【実務者視点】
第二者監査(顧客監査)や内部監査でIMDS関連が確認される際、審査側が実際に見ている観点を整理します。「提出したか」ではなく「運用が回り、証跡が残っているか」を見られます。
| 確認事項 | 確認の狙い(審査側の視点) |
|---|---|
| 購入材料の含有化学物質を調査する手順があるか | 担当者の個人技ではなく、購買・新規採用プロセスに調査ステップが組み込まれているかを見る |
| GADSL・顧客禁止物質との照合記録があるか | IMDSを「提出しただけ」になっていないか。規制対象物質の有無を判定した証跡を確認 |
| 顧客固有のIMDS入力ルールに対応しているか | リジェクトの再発防止策があるか。顧客入力ガイドが手順化されているか |
| MDSの改訂・再送信の管理がされているか | 法規改正や組成変更時に再報告する仕組みがあるか。古いバージョンが放置されていないか |
| 出荷前の法令適合確認(8.6.5)に紐づいているか | IMDS結果が出荷判定の証拠として運用に組み込まれているか |
審査では「IMDSを出していますか」ではなく「この材料の規制適合をどう確認し、どこに記録していますか」とプロセスと証跡を問う質問が来ます。システムへの入力だけでなく、判断の記録を準備しておくことが要点です。
品質マニュアル・手順書への記載例
IMDS対応をQMS文書へ落とし込む際の記載例です(プロセス手順書を想定)。
当社は、顧客から含有化学物質調査の依頼を受けた場合、対象部品を構成する購入部品・材料についてサプライチェーンを遡って含有物質を調査する。
購買担当は供給者から入手したMDSおよびSDSを基に、GADSLならびに顧客固有の禁止・要申告物質リストとの照合を行い、適合を判定する。
判定結果は「含有化学物質管理台帳」に記録する。IMDSデータは顧客指定の入力ルールに従って作成・送信し、承認(Accept)まで対応する。
法規改正または材料変更が生じた場合は、該当MDSのバージョンを更新し再報告する。
実態に合わせて、調査のトリガー(新規採用・設計変更・法規改正)、照合の責任者、記録様式、再報告の判断基準を自社運用に合わせて具体化してください。
まとめ
IMDS(International Material Data System)は、自動車に使われる材料・含有化学物質を階層構造で一元管理し、環境規制への適合をサプライチェーン全体で証明する業界標準のシステムです。コンポーネントから化学物質まで分解して登録し、MDSをサプライチェーンに沿って送信、GADSLと照合して規制対象物質を排除します。
自動車部品メーカーにとって重要なのは、IMDSを単なる「提出作業」で終わらせず、IATF16949 8.4.2.2/8.6.5の法令遵守を支える運用として回すことです。含有物質調査の手順化、GADSL・顧客禁止物質との照合記録、顧客固有ルールへの対応、改訂・再送信の管理——この一連のプロセスと証跡が、顧客監査・内部監査での評価を分けます。IMDSを「入力する」段階から「運用して証跡を残す」段階へ引き上げることが、実務上の到達点です。
含有化学物質管理・IATF16949対応の実務教材
IMDSやGADSL対応、含有化学物質調査を社内ルール・帳票・教育に落とし込むための実務テンプレート・解説資料を、QMS認証パートナーの教材ページでご用意しています。現場でそのまま使える形式に整理しています。
規格の落とし込みに迷ったら:初回メール相談
「8.4.2.2・8.6.5の運用をどこまで作り込むか」「顧客監査でIMDS管理をどう見せるか」——要求事項の理解と自社業務への落とし込みは別物です。内部監査・仕入先監査の実務経験をもつ立場から、個別の状況に合わせて整理します。まずは初回メール相談からどうぞ。
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