
IATF16949:5.1.1.1「企業責任」は、トップマネジメントが企業責任方針を定め実施することを求める条項です。最低限として「贈賄防止方針」「従業員行動規範」「倫理的上申方針(内部告発方針)」の3つを含めることが要求されています。
日本の自動車産業で相次いだデータ不正問題が示すように、企業責任の欠如はサプライチェーン全体の信頼崩壊に直結します。本記事では、3つの方針の構築ポイント、公益通報者保護法との整合性、CSR調達方針との連携、品質マニュアルへの記載方法、審査・内部監査での確認ポイントまで、実務目線で徹底解説します。

| 条項 | 題目 | ISO9001 | IATF |
| 第4章 | 組織の状況 | 〇 | 〇 |
| 第5章 | リーダーシップ | 〇 | 〇 |
| 第6章 | 計画 | 〇 | 〇 |
| 第7章 | 支援 | 〇 | 〇 |
| 第8章 | 運用 | 〇 | 〇 |
| 第9章 | パフォーマンス評価 | 〇 | 〇 |
| 第10章 | 改善 | 〇 | 〇 |
| 条項 | 題目 | ISO 9001 |
重要 帳票 |
IATF 16949 |
重要 帳票 |
| 5.1.1 | 一般(リーダーシップ) | ○ | ○ | ||
| 5.1.1.1 | 企業責任 | ○ | |||
| 5.1.1.2 | プロセスの有効性及び効率 | ○ | |||
| 5.1.1.3 | プロセスオーナー | ○ | ● | ||
| 5.1.2 | 顧客重視 | ○ | ○ | ||
| 5.2.1 | 品質方針の確立 | ○ | ● | ○ | |
| 5.2.2 | 品質方針の伝達 | ○ | ● | ○ | |
| 5.3 | 組織の役割・責任及び権限 | ○ | ● | ○ | |
| 5.3.1 | 組織の役割・責任及び権限ー補足 | ○ | ● | ||
| 5.3.2 | 製品要求事項及び是正処置に対する責任及び権限 | ○ | ● |
当サイトの情報提供スタンスについて
当サイトでは、ISO9001およびIATF16949について、規格要求の解説にとどまらず、実務でどのようにルールや記録へ落とし込むかを重視して情報を整理しています。
規格の理解とあわせて、「現状とのギャップをどう捉えるか」「どこから手を付けるべきか」といった判断に迷いやすい点を、現場目線で分かりやすく解説することを目的としています。
記事内容を自社へ当てはめる際の考え方や、判断に迷うポイントについては、別ページで整理した情報も用意しています。
この記事の目次
IATF16949 5.1.1.1企業責任の規格要求の全体像
5.1.1.1が求めていること
IATF16949:5.1.1.1は、トップマネジメントが企業責任方針を定め、それを組織全体で実施することを求めています。この方針には、最低限、以下の3つの要素を含めなければなりません。
①贈賄防止方針
不正な取引や賄賂を防止するための方針
②従業員行動規範
組織の価値観と倫理基準に基づく行動指針
③倫理的上申方針(内部告発方針)
不正行為を安全に報告できる仕組み
「最低限」と記載されているため、これら3つに加えて企業独自の方針(環境方針、人権方針、CSR調達方針等)を含めることも推奨されます。重要なのは、方針が策定されているだけでなく、組織全体に周知され、実際に運用されていることです。
ISO9001にはない独自要求であること
ISO9001には企業責任に特化した要求事項はありません。5.1.1.1はIATF16949独自の要求であり、ISO9001 5.1.1(リーダーシップ及びコミットメント-一般)の追加要求として位置づけられています。
ISO9001からIATF16949への移行を目指す企業にとって、この条項は「品質」の枠を超えた「企業倫理」の領域であるため、品質部門だけでなく経営企画部門、総務部門、法務部門との連携が必要になります。
自動車産業における企業責任の重要性
近年、日本の自動車産業では大手メーカーやサプライヤーによるデータ不正問題が相次ぎ発覚しました。燃費データの改ざん、排ガス試験データの不正、認証試験の不正実施など、日本の自動車産業の信頼を根底から揺るがす事態が発生しています。
これらの不正が示すのは、企業倫理に大きな欠落があるという事実です。たとえ不正を行ったのが仕入先であっても、取引していた企業にも管理責任が問われます。サプライチェーン全体で企業責任を果たす体制がなければ、一社の不正が業界全体の信頼失墜につながります。
さらに、電気自動車(EV)市場の急速な拡大により、自動車産業は世界中から大きな期待を背負っています。新たな技術・市場が広がるほど、企業責任の範囲もまた拡大していきます。OEM各社がサプライヤーに対してCSR調達方針やESG評価を求める傾向は年々強まっており、5.1.1.1の企業責任はQMS上の形式的な要求にとどまらず、取引継続の前提条件としての重みを増しています。
贈賄防止方針
贈賄防止方針の要求内容
5.1.1.1の第一の柱は「贈賄防止方針」です。企業内外における贈賄(賄賂)行為を明確に禁止し、公正な取引を確保するための方針を策定・運用することが求められます。
IATF16949が贈賄防止を条文中で明記しているのは、自動車産業のサプライチェーンにおいて不正な取引関係が品質不正の温床となるリスクが高いためです。仕入先選定における不正な便宜供与や、検査データ改ざんの黙認といった問題は、贈賄と品質問題が表裏一体の関係にあることを示しています。
購買部門を中心としたリスクと対策
企業内で賄賂を受け取るリスクが高い部門は、取引先との接点が多い部門です。特に購買部門は仕入先選定や価格交渉において直接的な権限を持つため、贈賄リスクが最も高い部門の一つです。仕入先との蜜月な関係がある場合は注意が必要であり、以下のリスクが存在します。
- 特定の仕入先への不当な発注集中
- 品質不適合の見逃しと引き換えの利益供与
- 相見積りの形骸化による不公正な取引
このほか、取締役、会計部門、営業部門なども、対外的な関係において贈賄リスクを抱えています。また、対顧客に対して賄賂を渡す行為も問題であり、こうした行為は会社ぐるみの不正につながるため、全社的な防止体制が必要です。
具体的な対策としては以下を実施してください。
①贈賄・不正行為の定義と禁止行為の具体例を明文化する
②許容される接待・贈答の基準(金額上限等)を設定する
③取引先との関係における注意事項を部門別に整理する
④違反時の処分規定と報告ルートを明確にする
⑤購買部門の担当者ローテーション制度を検討する
CSR調達方針との連携
贈賄防止方針は単独で運用するのではなく、CSR調達方針と連携させることで実効性が高まります。CSR調達方針とは、仕入先の選定・評価において、品質・コスト・納期に加えて、企業倫理・人権・環境への取組みを評価基準に含める方針です。
近年、OEM各社は、サプライヤーに対してCSR調達ガイドラインの遵守を求めています。Tier2・Tier3のサプライヤーであっても、この要求は波及しており、CSR調達への対応は取引継続の条件となりつつあります。
贈賄防止方針をCSR調達方針の一部として位置づけ、仕入先との品質保証協定書にCSR条項を含めることで、サプライチェーン全体での公正な取引環境を構築してください。
贈賄防止方針の文書化と社内展開
贈賄防止方針は、「贈賄を禁止する」と一行書くだけでは審査で不十分と判断される可能性があります。社員が「どこからがNGなのか」を具体的に判断できるレベルまで明文化することが重要です。
文書化にあたっては、以下を含めてください。
①方針の目的と適用範囲
②贈賄・不正行為の定義
③許容されない行為の具体例
④許容される接待・贈答の基準
⑤違反時の報告先と処分内容
⑥定期的な教育・研修の実施計画
従業員行動規範
行動規範の要求内容
5.1.1.1の第二の柱は「従業員行動規範」です。組織の価値観と倫理基準に基づき、従業員が業務を遂行するうえで遵守すべき行動指針を定めることが求められます。
従業員行動規範を定めることは、企業成長において非常に重要な基盤です。全社統一の行動基準を示すことで、従業員一人ひとりが自らの行動と企業の方針を結びつけて理解し、責任感を持って業務に取り組むことが可能になります。
記載すべき5つの領域
従業員行動規範に記載すべき内容は企業の文化・形態によって異なりますが、自動車産業のサプライヤーとして最低限カバーすべき領域は以下の5つです。
(1)人権人権の保護と人権侵害への加担の禁止を明記します。ハラスメント(パワハラ、セクハラ等)の禁止、多様性の尊重、差別の禁止などが含まれます。
(2)労働強制労働・児童労働の禁止、適正な労働時間管理、最低賃金以上の報酬保証、結社の自由の尊重などを規定します。特に海外拠点やサプライチェーンにおけるリスクに注意が必要です。
(3)環境環境にやさしい技術の推進、省エネルギー・省資源活動、化学物質の適正管理、廃棄物の適正処理などの環境保全活動への取組みを記載します。
(4)反社会的勢力の排除反社会的勢力との一切の関係を遮断し、不当要求に対しては毅然とした態度で対応することを明記します。
(5)贈賄・腐敗の防止贈賄防止方針と連動し、汚職・腐敗行為の禁止を行動規範においても再確認します。
行動規範の教育・啓発と定着
行動規範は策定しただけでは形骸化します。以下の方法で組織全体への定着を図ってください。
①新入社員教育での説明
入社時に行動規範の内容を教育し、理解確認を行う
②定期研修の実施
年1回以上、全社員を対象とした研修を実施する
③理解度確認テスト
eラーニングや確認テストで理解度を評価する
④社内掲示・イントラネット
常時閲覧可能な環境を整備する
⑤違反事例の共有
過去の違反事例を匿名化して共有し、再発防止に活用する
審査では「行動規範を配布しただけ」では不十分と判断されることがあります。社員が自分の業務に関連する基本的な内容を説明できる状態が求められます。
倫理的上申方針(内部告発方針)
内部告発方針の要求内容
5.1.1.1の第三の柱は「倫理的上申方針(内部告発方針)」です。従業員が不正行為や倫理的に問題のある行動を発見した場合に、報復を恐れずに安全に報告できる仕組みを構築することが求められます。
企業体質がよい会社では、倫理的上申方針を定め、話しやすい環境を整えています。逆に、不正が長期間発覚しない企業は、内部告発の仕組みが機能していないか、報告しても不利益を被るという認識が組織に蔓延しているケースが多いです。
匿名通報制度の構築と報復防止
内部告発制度を実効性のあるものにするために、以下の仕組みを構築してください。
①匿名での報告ルートの確立
従業員が安全に、不安なく不正行為や違反行為を報告できるよう、匿名での報告が可能なシステムを導入します。外部の第三者機関(弁護士事務所等)を通報窓口として設置することも有効です。
②報告後の保護措置
報告した従業員が報復(降格、配置転換、解雇等)を受けないよう、明確な保護措置を規定します。保護措置の内容を全社員に周知し、「報告しても不利益にならない」という信頼を組織全体で醸成することが重要です。
③報告内容の迅速な調査と対応
報告された事案については迅速に調査を行い、適切な対応をします。調査結果は匿名化したうえで組織内に共有し、透明性を高めます。
④定期的な制度の見直し
内部告発制度の利用状況を定期的にレビューし、利用されていない場合はその原因を分析して改善します。
【補足】ESG・SDGsと企業責任の関連
OEMが求めるサプライヤーの企業責任
近年、自動車OEM各社はサプライヤーに対して、従来のQCD(品質・コスト・納期)評価に加えて、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点でのサプライヤー評価を導入する動きが加速しています。
※特に欧州企業においては、ESGの観点を顧客固有要求事項としてサプライヤーへ対応を要求してくるケースが多いです。
具体的には、以下のような要求がサプライヤーに求められるようになっています。
- CSR調達ガイドラインの遵守
人権・労働・環境・公正取引に関するOEM独自のガイドライン - CSR自己評価アンケートへの回答
サプライヤー自身の企業責任への取組み状況の報告 - 紛争鉱物調査への対応
CMRT(紛争鉱物報告テンプレート)の提出
関連記事:責任ある鉱物調達とは?意味と取り組み方法解説 - カーボンニュートラル対応
CO2排出量の報告と削減計画の策定
関連記事:カーボンニュートラルとは?脱炭素社会の目標・企業の取り組み・メリットを解説
5.1.1.1の企業責任方針は、これらのOEM要求に対応するための基盤となります。企業責任方針をQMS上の形式的な文書として終わらせず、ESG・SDGsの観点を組み込んだ実効性のある方針として運用することで、OEMからの信頼獲得と取引継続にもつながります。
「規定作成をどこから手を付ければいいか分からない」とお悩みの企業様必見!規格対応も、考え方やサンプルを参考に少しずつ整えられます。実務の規定〔IATF16949の規定サンプル〕で確認できます。
品質マニュアルへの記載方法
5.1.1.1への対応にあたって、文書体系は以下のいずれかの形で整備してください。
| パターンA:統合方針として1文書にまとめる 「企業責任方針」として、贈賄防止・行動規範・内部告発の3要素を1つの文書に統合する方法。中小企業に適しています。 |
| パターンB:個別方針として分離する 「贈賄防止方針」「従業員行動規範」「内部告発方針」をそれぞれ独立した文書として策定する方法。大企業や既存のコンプライアンス文書体系が整備されている場合に適しています。 |
いずれの場合も、品質マニュアルには企業責任方針の概要と文書番号を記載し、関連文書として参照できるようにします。
内部監査・審査での確認ポイント
審査員が確認する5つの観点
IATF16949 5.1.1.1に関する審査では、以下の観点が重点的に確認されます。
贈賄防止方針、従業員行動規範、倫理的上申方針の3つが明確に文書化され、トップマネジメントの承認を得ているかを確認します。
方針の配布だけでなく、教育・研修の実施記録、社員の認識状態(監査時のインタビュー)を確認します。「方針は知っていますか?」と現場の作業者に質問されることがあります。
贈賄防止に関する具体的なルール(許容基準、報告ルート、違反時の処分規定)が定められ、監視・監査体制が整備されているかを確認します。
匿名での報告が可能か、報復防止措置が規定されているか、制度が形骸化していないかを確認します。小規模企業でも最低限の相談・報告窓口が必要です。
マネジメントレビュー等で企業責任方針の運用状況が確認され、必要に応じて改善がなされているかを確認します。
審査準備を体系的に進めたい方は、IATF16949構築ノウハウ教材で全章の構築ポイントと審査対応を網羅的に学べます。
IATF16949 5.1.1.1に関するFAQ
規格対応で迷ったら、メールで確認できますFAQで一般的な考え方を確認できますが、自社の規定・帳票・審査対応へどう反映するかは、会社ごとに判断が変わる場合があります。
この要求事項の考え方でよいか確認したい
規定・帳票にどう落とし込むか相談したい
審査指摘や回答方針に不安がある
個別事情がある場合は、メールコンサルで実務目線の確認ができます。
個別文書でも統合文書でも、どちらでも構いません。重要なのは、贈賄防止方針・従業員行動規範・倫理的上申方針の3要素が明確に含まれ、内容が具体的で実効性を持っていることです。中小企業では統合文書が管理しやすく、大企業では既存のコンプライアンス文書体系に合わせて個別文書とするケースが多いです。
組織規模に関わらず、内部告発の仕組みは必要です。ただし、大企業と同じ制度を求められているわけではありません。小規模企業であっても、相談・報告できる窓口が明確であること、匿名や報復防止への配慮があること、報告された内容を適切に扱うルールがあることが示されていれば、要求事項を満たすと判断されます。
「贈賄を禁止する」の一行だけでは不十分です。贈賄・不正行為の定義、許容されない行為の具体例、許容される接待・贈答の基準(金額上限等)、違反時の報告先と処分内容を記載し、社員が「どこからがNGか」を判断できるレベルまで具体化してください。
文書配布だけでなく、新入社員教育や定期研修での説明、eラーニングや理解度確認テスト、社内掲示やイントラネットでの常時閲覧を組み合わせてください。審査では「配布しただけ」では不十分と判断されることがあります。社員が自分の業務に関連する基本的な内容を説明できる状態が求められます。
5.1.1.1はリーダーシップ(第5章)の中に位置しており、トップマネジメントの責任としてQMSの一部に組み込まれています。企業責任方針が機能していなければ、データ不正や品質偽装といった問題が発生するリスクが高まり、QMS全体の信頼性が損なわれます。品質管理と企業倫理は不可分の関係にあります。
OEM各社がCSR調達ガイドラインの遵守をサプライヤーに求める傾向が強まっています。5.1.1.1は自社の方針策定を直接要求していますが、CSR調達方針を通じてサプライチェーンに企業責任の要求を展開することは、取引先としての信頼確保と品質リスク低減のために推奨されます。
「方針があるかどうか」だけでなく「使われる仕組みになっているか」が最も重要な評価ポイントです。具体的には、3要素の文書化の確認に加えて、社員の認識状態(インタビュー)、教育訓練の実施記録、内部告発制度の利用可能状態、マネジメントレビューでの有効性確認が重点的に見られます。
IATF16949 5.1.1.1の企業責任:まとめ
IATF16949 5.1.1.1は、トップマネジメントが企業責任方針を定め実施することを求める条項であり、贈賄防止方針・従業員行動規範・倫理的上申方針の3要素を最低限含めることが必要です。
構築のポイントは、3つの方針を形式的な文書として終わらせず、組織全体で運用される「生きた仕組み」にすることです。贈賄防止方針は具体的なNGラインの明示とCSR調達方針との連携、従業員行動規範は人権・労働・環境・反社・贈賄の5領域のカバーと定期教育、内部告発方針は匿名通報制度と報復防止措置の整備と公益通報者保護法への対応がそれぞれの実務上のポイントとなります。
日本の自動車産業で相次いだデータ不正問題は、企業責任の欠如がもたらすリスクの大きさを如実に示しました。5.1.1.1の企業責任方針を「審査のための文書」ではなく「企業の信頼を守るための仕組み」として構築・運用してください。
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